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大阪地方裁判所 平成7年(行ウ)12号 判決 2000年3月09日

原告

谷口政樹

右訴訟代理人弁護士

河村武信

正木みどり

松本七哉

被告

茨木税務署長 塩見征夫

右指定代理人

石垣光雄

安川雅祥

山本弘

安田章

大串仁司

主文

一  本件訴えのうち、被告が平成四年一〇月二八日付けで原告に対してした各更正処分の平成元年分につき総所得金額二一〇万九三〇八円、平成二年分につき総所得金額二一五万一七一四円、平成三年分につき総所得金額二五六万四二一八円を超えない部分の取消しを求める部分をいずれも却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して平成四年一〇月二八日付けでした平成元年分、平成二年分及び平成三年分(以下「本件各年分」という。)の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下、これらの処分を併せて「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、住所地を事務所としてガス配管工事業を営む者であり、平成二年及び平成三年には、喫茶・スナック業をも兼業していた。

2  原告は、昭和六三年以前に、その所得税について、被告から青色申告の承認を受けていた。

3  原告は、本件各年分の所得税につき、被告に対し、別表「課税の経緯」の「確定申告」欄記載のとおりの日時に、それぞれ「総所得金額」「税額」に記載のとおりの青色申告書による確定申告をした。

4  被告は、平成四年一〇月二八日、原告の平成元年分以降の青色申告承認を取り消す処分(以下「本件取消処分」という。)をし、原告の本件各年分の所得税につき、別表「課税の経緯」の各「更正処分等」欄記載の「総所得金額」「税額」のとおりの本件各処分をした。

5  原告は、平成四年一二月二八日、被告に対し、本件取消処分及び本件各処分につき異議申立てをしたところ、被告は、平成五年三月二六日、右異議申立てをそれぞれ棄却する旨の決定をした。原告は、更に、平成五年四月二六日、国税不服審判所長に対し、右決定につき審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成六年一一月二八日、右審査請求をいずれも棄却する皆の裁決をし、右裁決書謄本は、同年一二月二一日に原告に送達された。

6  本件各処分は、推計の必要性がないにもかかわらず、原告の営業実態を全く無視した不合理な推計によって、本件各年分の原告の所得金額を過大に認定した違法なものである。

7  よって、原告は、被告に対し、本件各処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

原告が本件各年分の所得税についてした確定申告の総所得金額は、平成元年分二一〇万九三〇八円、平成二年分二一五万一七一四円、平成三年分二五六万四二一八円であり、その範囲内においては所得があったことを原告が自認している。本件各処分のうち右確定申告額を超えない部分については、原告は取消しを求める利益を有しない。

三  本案前の主張に対する原告の反論

本件各処分を取り消す判決が確定したとしても、確定申告によって確定した本件各年分の納税義務に何らの影響もないことは明らかであるから、被告の本案前の主張は無意味である。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2  同6の主張は争う。

五  被告の主張

1  原告の本件各年分それぞれの事業所得の金額は、次のとおり、別表一<22>の金額となり、その範囲内でした本件各処分は適法である。

(一) ガス配管工事業について

(1) 売上金額(別表一の<1>)

原告の本件各年分のガス配管工事業にかかる売上金額であり、その明細は、別表二「売上金額明細表」記載のとおりである。

(2) 算出所得金額(別表一の<3>)

(1)の売上金額に、別表一の<2>「算出所得率」(別表三ないし五の「同業者一覧表(ガス配管工事業)」記載の各同業者の売上金額から売上原価及び一般経費を控除した金額を売上金額で除して算出した算出所得率の平均値である。)をそれぞれ乗じて算出したものである。

(3) 特別経費

<1> 地代家賃(別表一の<4>)

原告が、伊丹産業設備株式会社に対して支払った工場施設の賃借料の金額である。

<2> 支払利息(別表一の<5>)

原告が、ガス配管工事業のために借り入れた金員の利息であり、その内訳は別表七記載のとおりである。

(二) 喫茶・スナック業について

(1) 売上金額(別表一の<9>)

後記(2)の「酒類、コーヒー豆の仕入金額」を、別表一の<11>「酒類、コーヒー豆の仕入率」(別表六の「同業者一覧表(平成三年分)(喫茶・スナック業)」の同業者C、D及びFそれぞれの「酒類、コーヒー豆の仕入金額」の売上金額に占める割合の平均値である。なお、平成二年分については、原告が喫茶・スナック業を開業した年で、同年分における同様の条件の同業者を抽出することができなかったので、同年分についても平成三年分の比率を用いる。)で除して算出した金額である。

(2) 酒類、コーヒー豆の仕入金額(別表一の<10>)

原告が、コヤマ酒類販売株式会社から仕入れた酒類(つまみは除く。)及びキーコーヒー株式会社北大阪営業所から仕入れたコーヒー豆(シロップ、フィルター等含む。)の仕入金額の合計である。なお、酒類及びコーヒー豆の期首、期末の棚卸高は同額であるとものとした。

(3) 算出所得金額(別表一の<13>)

(1)の売上金額に別表一の<12>「算出所得率」(別表六の「同業者一覧表(平成三年分)(喫茶・スナック業)」の同業者C、D及びFそれぞれの売上金額から売上原価及び一般経費を控除した金額を売上金額で除して算出した算出所得率の平均値である。なお、平成二年分については、原告が喫茶・スナック業を開業した年で、同年分における同様の条件の同業者を抽出することができなかったので、同年分についても平成三年分の比率を用いる。)をそれぞれ乗じて算出した金額である。

(4) 特別経費

<1> 地代家賃(別表一の<14>)

原告が、賃借していた喫茶・スナック業に係る店舗建物について平井伊三雄に対して支払った賃料である。

<2> 繰延資産償却費(別表一の<15>)

原告の喫茶・スナック業に係る店舗建物の賃貸借契約締結時に支払った保証金のうち明渡時に返還されない部分の償却費である。

<3> 人件費(別表一の<17>)

(1)の売上金額に別表一の<16>「人件費率」(別表六の「同業者一覧表(平成三年分)(喫茶・スナック業)」の同業者C、D及びFそれぞれの人件費を売上金額で除して算出した算出所得率の平均値である。平成二年分については、原告が喫茶・スナック業を開業した年で、同年分における同様の条件の同業者を抽出することができなかったので、同年分についても平成三年分の比率を用いる。)をそれぞれ乗じて算出した金額である。

(三) 事業専従者控除額(別表一の<21>)

ガス配管工事業に係るものである。

(四) 事業所得の金額(別表一の<22>)

前記のガス配管工事業及び喫茶・スナック業の各算出所得金額からそれぞれ特別経費の額を控除した金額の合計額から、更に、平成元年分及び平成二年分につき事業専従者控除額を控除した金額であり、平成元年分が五〇四万九四二二円、平成二年分が七七一万八四八九円、平成三年分が一〇三〇万四四七七円となる。

2  被告の部下職員は、原告の本件各年分の所得税及び消費税を調査するため、平成四年四月二七日から同年一〇月二日までの間に四回に亘り、原告宅を訪れて本件各年分の所得税法(以下「法」という。)一四八条に規定する帳簿書類の提示を原告に求めたにもかかわらず、原告は、税理士資格を有しない第三者の立会固執し、非協力的な態度に終結し、結局、帳簿書類等を提示するに至らなかった。

したがって、ガス配管工事業に係る一般経費、喫茶・スナック業に係る売上金額、算出所得金額及び人件費については、これらを実額で把握することは困難である。また、喫茶・スナック業は、広く一般の顧客を対象とする現金商売であり、被告が反面調査等によって売上金額の実額を把握することも不可能である。原告は、現在に至るまで現金出納帳その他の帳簿等の的確な資料によってこれを明らかにせず、それらの実額は不明というほかはない。したがって、これらを推計により認定する必要がある。

3  別表三ないし五の同業者一一名は、いずれも(1) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること、(2) ガス配管工事業を営んでいること、(3) 右(2)以外の事業を営んでいないこと、(4) 事業所が、茨木、吹田、豊能、枚方、兵庫、西宮、伊丹、尼崎及び柏原の各税務署のいずれかの管内にあること、(5) 年間を通じて事業を営んでいること、(6) 売上金額が一三五〇万円以上六九五〇万円未満であること、(7) 事業専従者が一名以下であること、(8) 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、以上の各条件を充たす者であり、原告のガス配管工事業と業種、業態、事業場所及び事業規模等において類似性がある。

4  別表六の同業者八名は、いずれも、(1) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること、(2) 喫茶・スナック業を営んでいること、(3) 右(2)以外の事業を営んでいないこと、(4) 事業所が茨木税務署管内にあること、(5) 年間を通じて事業を営んでいること、(6) 売上金額が四五〇万円以上二〇〇〇万円未満であること、(7) 人件費の支払があること、(8) 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、(9) 事業専従者がいないこと、以上の各条件を充たす者であり、原告の喫茶・スナック業と業種、業態、事業場所及び事業規模等において類似性がある。

右同業者のうち、A、B、E、G及びHについては、その売上原価のうち酒類、コーヒー豆の仕入金額が不明であり、その仕入率を計算することができない。そこで、右同業者の平均値を求めるに当たっては、右同業者のうち、C、D及びFの数値を用いる。

5  右1(二)(2)の酒類、コーヒー豆の仕入金額は、原告の平成二年分及び平成三年分の喫茶・スナック業に係る一般経費のうちで喫茶・スナック業の売上と密接な対応関係があるものであり、右4の同業者についても、売上原価のうち酒類、コーヒー豆の仕入金額は、一般経費のうちで売上金額と密接な対応関係を有する。

6  右3及び4の各同業者は、いずれも青色申告をした者であるから、その申告内容に基づいて算出されたガス配管工事業についての算出所得率、喫茶・スナック業の酒類、コーヒー豆の仕入率、算出所得率及び人件費率の各数値は、その正確性が担保されており、前記のとおりこれらの平均値を用いて原告の本件各年分のガス配管工事業の算出所得金額、喫茶・スナック業の売上金額、算出所得金額及び人件費をそれぞれ推計することには合理性がある。

六  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1のうち、

(一) ガス配管工事業の

(1) 平成元年分及び平成二年分の売上金額、及び平成三年分の売上金額が三四六七万九九八一円あったこと、その内訳として別表二の平成三年分のうち「イシマル タカコ」の金額以外の部分は認める。別表二の平成三年分の「イシマル タカコ 四万二二三〇円」は物損事故の損害賠償として受領したもので、売上金額ではない。

(2) 算出所得金額はいずれも否認する。

(3) 特別経費につき、

<1> 地代家賃の額は、少なくとも被告主張額が存することは認める。しかし、その他にも、駐車場料金(平成元年分が七万二〇〇〇円、平成二年分が一五万二四四〇円、平成三年分が一六万八〇〇〇円)及び自宅(借地)の家賃のうちガス配管工事業の事務所として使用している部分に相当する金額(平成元年分及び平成二年分がいずれも六万五五六八円、平成三年分が六万七三六八円)があり、本件各年分のガス配管工事業に係る地代家賃は、これらのすべてを合計したもので、平成元年分が四九万七五六八円、平成二年分が五七万八三〇八円、平成三年分が五九万五三六八円である。

<2> 平成二年分の支払利息の額及び平成元年分及び平成三年分の支払利息中、少なくとも被告が主張する額が存することは認める。しかし、平成元年分については、別表七の平成元年分の金額のうち下段の金額は六万七九九六円であり、合計一一万七九三五円である。平成三年分については、被告主張額以外に、国民金融公庫への支払利息九万二六八七円があり、合計は二三万二六八六円である。

<3> 更に、別表一の<4><5>以外に、車両・重機等の減価償却費が特別経費として扱われるべきである。その額は、別表八の<1>ないし<3>のとおり、平成元年分が六六万七五八九円、平成二年分が五七万五九一八円、平成三年分が八〇万二六四三円である。

(二) 喫茶・スナック業の

(1) 売上金額はいずれも争う。

(2) 平成二年分の酒類、コーヒー豆の仕入金額は、少なくとも被告主張の額があったことは認める。しかし、それ以上あり、八六万八三七五円である。平成三年分の仕入額は、一六八万一五八九円であったことは認めるが、右金額を超える部分は争う。差額分は、帳端の関係で生じたものと考えられる。

(3) 算出所得金額はいずれも争う。

(4) 特別経費につき、

<1> 平成三年分の家賃の額は認める。平成二年分の家賃の額は、少なくとも被告主張の額があったことは認めるが、それ以上あり、四六万八〇〇〇円である。

<2> 平成三年分の繰延資産償却費の額は認める。平成二年分については、少なくとも被告主張の額が存することは認めるが、それ以上存する。

<3> 人件費の額は争う。

<4> 更に、別表一の<14><15><17>以外に、原告は、喫茶・スナック業の開業に際し、内装工事費やイスセット等の備品の備付けなどを行っており、平成二年分と平成三年分の右備品等に係る減価償却費は特別経費として控除すべきものである。その額は、別表九の<1>及び<2>の「当期償却」欄(1)(2)記載のとおり、平成二年分が一〇万九七一三円、平成三年分が七万五九七二円である。

また、原告は、平成三年一二月に喫茶・スナック業を廃業し、その店舗の明渡しを完了し、その際、備品等は廃棄又は家主の承諾を得て残置した。したがって、平成三年分の所得の認定に際しては、右備品等の固定資産除去損の金額を特別経費として控除すべきであり、その額は、別表九の<2>の「期末簿価」欄記載のとおり、一七四万四〇三五円となる。

(三) 事業専従者控除の額は認める。

2  被告の主張2ないし6は争う。そもそも、納税者が税務調査において、第三者の立会を求める権利は憲法上の権利であり、被告がこれを拒むことは許されない。原告は、被告の部下職員による税務調査に応じて帳簿類を提示しているから、推計の必要性は認められない。したがって、被告主張の本件各年分のガス配管工事業の算出所得金額、喫茶・スナック業の売上金額、算出所得金額及び人件費の推計は、いずれも、その必要性を欠く上、次のとおりその合理性も欠き、また、それを裏付ける資料も証拠価値のないもので到底採用できない。

(一) 別表三ないし五の一一名の同業者には、内管工事業者と道路工事業者(これは更に本支管工事業者と供給管工事業者に分かれる。)が含まれている。内管工事業者は、業者本人が一人で従事し、機材もほとんど不要であるのに対し、本支管工事業者は、本人以外に最低で四人を確保しておく必要があり、機材もユンボやダンプなど多数要する。供給管工事業者は、本人以外に最低で一人を常勤で確保しておく必要があり、ユンボやダンプなどの機材は不要である。

このように、内管工事業者か、本支管工事業者か、供給管工事業者かで著しく業態が異なるほか、その業者がプロパンの仕事を行うか否かによっても、収入は全く異なってくる。更に、被告の挙げる同業者の中には、内管工事、道路工事以外の業態の者も含まれている可能性もある。

ところで、原告が行う工事のほとんどは供給管工事であり、一部支管工事もあったが、本件各年当時、大阪ガスの認定業者の中で道路工事を行っていた業者は、原告、田中組(支管工事専門)及び三村(供給管工事)の三業者だけであり、残りの業者は内管工事のみであった。したがって、被告が原告の同業者として挙げている一一名の業者は、ほとんどが原告と異なる業態の業者となる。

原告は、認定業者でありながら、内管工事をせずに、供給管工事を中心に行っていた業者であるが、支管工事を積極的に受注するために、支管工事に必要な体制を整えており、三名の従業員を常勤で確保(支管工事が入った場合、作業員一名を雇い入れ、原告と合わせて五人体制で作業をする。)するとともに、ユンボやダンプなどの機材も揃えている。したがって、支管工事業者の経費を負担しながら、供給管工事に従事している者でって、同じ供給管工事を行う同業者に比較しても、その利益率は極めて低いものになっている。にもかかわらず、被告主張の基準では、このような原告に特有の事情及びガス配管工事業の実態が何ら考慮されておらず、これらの業者の平均値を用いて行ってガス配管工事業の算出所得金額の推計に合理性はない。

(二) 人件費及び車両・重機等の減価償却費は、事業主の個別の事情に左右されるもので、一般経費ではなく特別経費に当り、現に被告も喫茶・スナック業においては人件費を特別経費として区分している。にもかかわらず、ガス配管工事業においては人件費及び車両・重機に係る減価償却費を一般経費に含めて推計を行っており、この点からも被告の推計には合理性がない。

なお、前述したとおり、原告は、本件各年当時は、いつでも支管工事ができるように、ユンボやダンプを保有し、従業員も五名の体制を確保していた。供給管工事は、二名の作業員がいればできるので、通常は原告を含む四名の者が、二名でできる仕事に従事する状態だった。人数の多い分だけ効率が上がるということにはならないので、余分な機材と人員が経費を押し上げた。このような点からも人件費及び車両・重機等が売上と相関関係のない各々の業者に特有の事情に影響される特別経費であることは明らかである。

(三) 喫茶業とスナック業ではその所得率に顕著な違いがあり、また、その原料となる酒類とコーヒー豆ではその原価率にも大きな差異が存する。しかし、被告主張の推計においては、これが区別されていない。

(四) 原告は、喫茶・スナック業を営むにつき、従業員を雇い入れ、これに店を任せており、業者自身又はその家族が店に出る場合と比べて、人件費が一人分余分にかかる。被告主張の推計においては右事情が何ら考慮されていない。

(五) 原告は、平成二年一〇月に喫茶・スナック業を開業したが、開業直後は客がつかず、その上経費が高くついた。また、平成三年には経営難のため廃業したが、被告主張の基準では、このような事情が何ら考慮されていない。

(六) 被告は、その主張に係る推計の基礎となった同業者の青色申告決算書を書証として提出していないから、推計の基礎となる数値は信用性に乏しい。

七  原告の主張

本件各年分の事業所得の認定方法としては、被告主張の方法によるよりも、次の方法による方がより合理的である。

1  (A方式)

これは、ガス配管工事業につき、売上金額及び経費のすべてを実額で認定し、喫茶・スナック業についても一部を除いて売上金額及び経費の相当部分を実額で認定する方法であり、その明細は別表一〇の<1>ないし<3>のとおりである。

(一) 喫茶業について推計で認定する部分は、現金仕入の一部(市場で購入したコロッケなど領収証をもらえないもの。)及び伝票を紛失した期間、すなわち平成二年一〇月から平成三年三月末までの売上金額であり、前者は、別表一二<1>の「スナック喫茶集計」の18の「飲食追加(推計分)」及び19の「米追加(推計分)」欄記載のとおりであり、後者は、同表の10の「喫茶売上追加(推計分)」欄記載のとおりであり、同表の31の「喫茶仕入総計(推計含)」を、差益率、すなわち、平成三年四月一日から同年一〇月末日までの仕入の合計額を同期間の売上の合計額(いずれも実額)で除した数値で除した金額である。

(二) スナック業について推計で認定する部分は、開業した平成二年一〇月から平成三年四月一四日までの期間のカラオケの売上代金の未計上分であり、別表一一の「カラオケ集計」の<9>の右期間中の部分である。これは、リース会社の請求書により実額が把握できる平成三年四月一五日以降の一人当りの平均カラオケ曲数である四曲(切上げ)に客数を乗じた数値(合計曲数)から売上伝票における合計曲数を差し引いた曲数に二〇〇円を乗じた金額である。なお、平成三年四月一五日以降のカラオケの曲数の漏れ分(別表一一の「カラオケ集計表」の<9>の同日以降分)は、リース会社からの請求書の曲数と売上伝票における曲数との差に二〇〇円を乗じた六万六二〇〇円を実額で追加計上する。

2  (B方式)

ガス配管工事業につきすべて実額で、喫茶・スナック業につき被告と類似の推計方法を用いて認定する方法であり、その明細は別表一三の<1>ないし<3>のとおりである。

(一) 平成三年分の喫茶・スナック業の売上金額、算出所得金額及び人件費を、同年分の被告の推計方法と同じ方法を用いて産出した。ただし、仕入率、算出所得率及び人件費率の算出に当っては、他の同業者とかけ離れたDを除き、C及びFの平均値を用いることとし(Dの人件費率は六・八九パーセントであり、月額にして七万二一五八円しか支出していない。他の二者の一三・七七パーセント、二四・六五パーセントと比べても異常に少なく、日中のアルバイト程度で他は経営者と家族が店に出ているということが想定される。他方、原告の場合、原告も原告の妻も店に出ておらず、他人を雇って任せていたのであるから、Dはあまりにも類似性に乏しく、せめてCとFの平均値を使うべきである。)、その数値は、別表一四の「平成三年分」欄記載のとおり、仕入率は一二・一三パーセント、算出所得率は四七・九五パーセント、人件費率が一九・一二パーセントである。

右により推計した算出所得金額から、特別経費及び固定資産除去損(これらの明細は、被告の主張に対する認否1(二)(4)に記載のとおりであり、人件費については右推計値を用いる。)を控除して、差引所得金額を算出する。

(二) 平成二年分の喫茶・スナック業の算出所得金額は、(一)の平成三年分のそれに一二分の三(平成二年については三か月営業していただけである。)を乗じて算出した。

(三) 平成三年の右算出所得金額が、実態より多めの評価であることは、平成三年中には経営難から廃業しており、最後は仕入れた酒類を通常の営業ペースで売り切れなかったであろうこと(赤字覚悟で売りさばこうとしても売り切れず、自分で引き取ったであろうこと)から、合理的に推測できる。平成二年も、開業してしばらくは安い価格で客を集めようと試みることから、通常の同業者の仕入率による推計売上額よりも実際の売上額が大きく下回ることも合理的に推測できる。

八  原告の主張に対する認否

1  原告の主張1、2は争う。

2  推計の合理性とは、真実の所得金額を認定する方法としての合理性ではなく、一応の合理性をいい、他により合理的な推計方法があったとしても、それだけで被告主張の推計の合理性が否定されることはない。

また、原告が推計課税に対して所得の実額を主張するには、その主張する収入金額が売上の全てを含む総収入金額であること及びその経費がその収入と対応するものであることを、それらを正確に記載した会計諸帳簿及び原始資料で立証する必要がある。しかし、原告はそれらを十分にしていない。また、喫茶・スナック業については、その一部を推計によっており、到底実額反証といえるものではない。

3  被告が特別経費として主張しているのは、経費のうちで、売上金額との相関関係が少なく、事業主の個別の事情に左右される経費である。

ガス配管工事業においては、売上の原価費用の大半は労働力に対するものであり、売上は労働力の投下量に密接に関連し、相関関係が認められる。また、車両・重機等の減価償却費も売上金額との相関関係が強く、これらの経費は、一般経費とすべきである。

4  固定資産除却損についての主張を否認する。固定資産除却損を平成三年分の必要経費として計上するためには、平成三年中に喫茶・スナック業を廃業しただけでなく、平成三年中に取壊し等の事由による損失が生じていることが必要である(法五一条一項)。平成三年中に取壊し等があったことは否認する。

また、取得価額が一単位二〇万円未満の資産については減価償却資産とはせずに、当該取得年の必要経費に算入するべきであり、イスセットの内容であるイスやボトルケースはいずれも一単位二〇万円未満の資産であるから、平成二年の一般経費に算入すべきものである。

理由

一  原告は、本件各処分の全部の取消しを求めているが、本件各年分の総所得金額について、別表「課税の経緯」の「確定申告」欄記載のとおり、平成元年分は二一〇万九三〇八円、平成二年分は二一五万一七一四円、平成三年分は二五六万四二一八円と申告をしているのであって、右申告額を超えない部分はその範囲においては所得があることを原告自身が認めているものと考えられ、その取消しを求める利益がないと解される。

よって、原告の本訴訴えのうち、右の範囲の取消しを求める部分は不適法であるから、いずれも却下せざるを得ない。

二  請求原因1ないし5の各事実、被告の主張1のうち、ガス配管工事業の平成元年分及び平成二年分の売上金額が別表一<1>記載の額であること、平成三年分の売上金額が少なくとも三四六七万九九八一円あったこと、本件各年分の地代家賃額が少なくとも同表<4>記載の額あること、平成元年分及び平成三年分の支払利息が少なくとも同表<5>記載の額であること、喫茶・スナック業の酒類、コーヒー豆の仕入金額は、少なくとも平成二年分が同表<10>記載の額であること、平成三年分は一六八万一五八九円であること、本件各年分の地代家賃額が少なくとも同表<14>記載の額あること、本件各年分の繰延資産償却費額が少なくとも同表<15>記載の額であること、平成元年分及び二年分のガス配管工事業の事業専従者控除額が同表<21>記載の額であること、以上は当事者間に争いがない。

三  前記二の争いがない事実、甲二ないし四、一一ないし一三、一〇一ないし一三五、二〇一ないし二三六、三〇一ないし三三七、四〇一ないし四一八、五〇一ないし五三一、乙二八ないし三一(いずれも枝番を含む。)、証人広地美則の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実(本件訴訟の経過も含む。)が認められる。

1  原告は、昭和六〇年から大阪府高槻市内で「谷口配管」の名称でガス配管工事業を営んでおり、平成二年一〇月から平成三年一二月までは、同市内で「カニカニ」との店名で喫茶・スナック業をも兼業していた。

2  原告のガス配管工事業の業務形態は、自ら大阪ガスの認定業者として、同じく認定業者である伊丹産業の外管の施工工事の下請業者として、ダンプ、ユンボ、工作車等の機材を保有し、主に道路に埋没されている都市ガスの本管ないし支管と各住宅のガス管とを結ぶ供給管の設置工事を、原告本人と外注作業員で行うものであった。

3  原告は、ガス配管工事業を行う傍ら、平成二年一〇月七日、昼は喫茶、夜はスナックとして営業する店舗も開業した。同店では、営業に必要な酒類及びコーヒー豆をコヤマ酒類販売及びキーコーヒーから仕入れていた。また、開業から平成三年三月ころまでは喫茶・スナックともに原告の義母が同店を手伝い、喫茶については常勤の従業員一名が、スナックについてはアルバイトの女性が交代制で、それぞれ稼動する体制をとっていた。しかし、原告の義母は、平成三年四月以降、喫茶・スナックともに辞めて、その代りに原告の妻がスナックを手伝うようになった。

しかし、同店の営業は不振となったため、原告は平成三年一〇月、喫茶営業を廃業し、同年一二月にはスナック営業も廃業した。

4  原告は、青色申告の承認を受けたので、別表「課税の経緯」の各「確定申告」欄記載のとおり、平成二年三月一三日、平成元年分の所得税の確定申告を、平成三年三月一三日、同じく平成二年分の申告を、平成四年三月一三日、同じく平成三年分の申告をしたが、右各申告は、いずれも青色申告書によるものであった。

青色申告の承認を受けた者は、大蔵省令で定められるところにより、帳簿書類を備え付けてこれに事業所得の金額に係る取引等を記録し、かつ、その帳簿を保存しなければならないとされている(法一四八条)。しかし、原告は、本件各年分の事業所得について、そもそも右の帳簿書類を記帳していたのか不明である上、本件各年分の帳簿書類については、結局、被告及び税務当局に提出されず、また提示されることもなかった。

5  被告の部下職員は、原告と事前に日時を打ち合わせ、平成四年四月二七日、所得税及び消費税の調査のため原告の自宅を訪問したが、その場に高槻民主商工会の事務局員が同席したためその退席を求めた。しかし、原告はこれに応じなかったため、調査を進めることができなかった。また、被告の部下職員は、その後も同年五月二一日、九月二五日及び一〇月二日に、それぞれ原告宅に赴き、原告に対し、第三者の立会なしで調査に協力するよう求めたが、結局、原告はこれに応じず、いずれの機会にも、原告は、税務当局に右の帳簿書類の提出をすることも、提示をすることもなかった。

6  そこで、被告は、同年一〇月二八日、原告に対し、法一五〇条一項に基づき、青色申告の承認を取り消す旨の本件取消処分を行うとともに、本件各処分を行った。

7  原告は、本件訴訟において、請求書や領収証等の多数の原始資料を書証として提出するが、法及び大蔵省令で記帳・保存が義務付けられていた帳簿書類については、甲五三一の一ないし二二の「喫茶・スナック仕入帳」なる書類以外には、結局、口頭弁論終結に至るまで提出されず、しかも、右「喫茶・スナック仕入帳」については、帳簿書類として不備であるのみならず、後期判断のとおり、その信用性に疑問を生じさせる事由がある。

四  前記三の事実関係によれば、本件各年分の原告の所得税については、いずれも青色申告書によってされているが、被告は、すでに本件取消処分によって青色申告の承認を取り消しており、原告は、その取消しは求めていないから、本件取消処分の効果(公定力)によって、右各申告は、青色申告以外の申告とみなされることになり(法一五〇条一項)、法一五五条、一五六条の括弧内の適用はないことになる。そして、各課税要件については、被告は推計により、更正することができるものというべきである。

なお、原告は、納税者が税務調査に際して第三者の立会を求める権利は憲法上の権利であり、被告がこれを拒むことは許されない上、原告は、被告の部下職員による税務調査に応じて帳簿類を提示したと主張する。しかし、原告が、被告の部下職員に対し、帳簿書類を提示したと認めるに足りる証拠は存在しないし、第三者の立会を求める権利は法令上の根拠はなく、これを認めるか否かは、当該調査の目的、調査事項、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況等の諸般の具体的事情に鑑み、調査対象者の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。

五  そこで、本件各年の原告の所得税の課税要件について、まず、原告主張のA方式について検討する。

1  A方式は、本件各年分のガス配管工事業の一般経費及び喫茶・スナック業の売上金額及び経費の相当部分が、いずれも、原則として、原告が提出した証拠関係から、その実額を把握し、認定することが可能であることを前提とする(なお、被告が一般経費であるとしているもののうち、原告が特別経費であると主張する事項もあるが、それについての判断は、後記のとおりである。)

2  しかしながら、原告は、当時、青色申告の承認を受けていた者であり、原告が主張する右の実額を立証するための第一次的資料としては、法及び大蔵省令で定められている帳簿書類であるべきところ、そもそも、原告が右の帳簿書類を備え付け、これに取引を記録していたことを認めるに足りる証拠がなく、また、本件訴訟においても、原告は、結局、右帳簿書類の提出をしなかったことは、前判示のとおりである。

3  また、原告が、実額を立証するため提出した証拠及び実額の主張自体にも、次のとおりの疑問点、問題点があるといわなければならない。

すなわち、

(一)  また、右各甲号証は、前判示のとおり、青色申告の承認を受けていた原告が備付け及び保存を義務付けられていた帳簿書類ではなく、いわゆる原始資料である。なお、原告は、原告本人尋問においてガス配管工事業について月計表を記載し、これを保存する旨を供述するが、右の「月計表」なるものすら、提出されていない。

(二)  また、右各甲号証は、前判示のとおり、青色申告の承認を受けていた原告が備付け及び保存を義務付けられていた帳簿書類ではなく、いわゆる原始資料である。なお、原告は、原告本人尋問においてガス配管工事業について月計表を記載し、これを保存する旨を供述するが、右の「月計表」なるものすら、提出されていない。

(三)  原告がガス配管工事業の必要経費の証拠として提出した書証のうち、甲一〇一の七、九ないし一二、甲二〇一の一は、原告と伊丹産業との間の受払明細書であるが、原告から伊丹産業に対する支払項目中、新和産業株式会社名下で控除されている金額についての支払内容の裏付けがなく、甲一一四の四ないし一六、甲二一四の一ないし一二、甲三一四の一ないし一二は、伊丹産業の原告に対する領収書であるが、摘要の記載がないか、単に商品代との記載があるに過ぎず、支払内容が不明である。また、原告が、外注作業員の接待交際費として提出している飲食費又は宿泊費等の領収証のうち甲一〇三の三、甲一〇五の二、甲一〇九の四、甲一一一の二、甲二〇三の三、甲二〇七の一七、甲二〇八の一〇、甲二〇九の一五、甲二一二の三、七、甲二一三の一五、甲三〇四の三、甲三〇五の一〇、一三、一五、甲三〇六の四、五、甲三〇七の七、一一、甲三〇九の七、甲三一〇の四、甲三一三の六は、いずれも発行日が日曜日、休日、祝日、盆又は年末であり、原告の右事業との関連性が不明であり、個人的な家事関連費である可能性が否定できない。

また、甲三〇四の九、甲三〇二の五は、いずれも領収証であるが、その宛名は原告ではなく(伊丹産業設備株式会社、谷口良美)、原告が支払ったことを証するものではない。更に、甲一〇一の一〇と甲一一三の四、甲三三六の二と甲三〇七の二、甲一二二の五八と甲一二二の五九、甲一二六の四と一五は同一内容の経費であって、これが重複して記載されている。

(四)  喫茶・スナック業については、そもそも、平成二年一〇月の開業時から平成三年三月分の原始資料自体も、原告主張でも自認するとおり提出されていない。また、売上伝票である甲四〇一の二ないし一三一は、その番号を書き換えた形跡があり、同じく売上伝票である甲五〇一の二六一、二六二は「四月三一日」、甲五〇一の三八六ないし三八九は「六月三一日」と実際にはあり得ない日付が記載されており、そのほか甲五〇一の一二、七五、七六は、平成三年一月分のスナックの売上伝票であるが、番号はいずれも「11」であって明らかに重複しており、同様の例は、他の売上伝票でも散見される。また、伝票番号が欠番になっているものも多数みられる。更に、スナック業についての給与の支払についても、そもそも賃金台帳が提出されていない。

4  以上の諸点、原告の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、ガス配管工事業についても、喫茶・スナック業についても、いずれも、自ら義務付けられた帳簿書類への記録や備付けをしなかったのみならず、原始資料も取引の都度あるいはそれに接着した時期に整理していなかったことが認められ、のみならず、原告が実額を立証するために提出した前記の各甲号証には、取引から相当経過した後に、確たる資料がないまま作成されたものと疑われても致し方ないものが相当あって、全体としても、実額の主張の証拠としては証拠価値は低いといわざるを得ない。

5  以上のとおりであるから、原告主張のA方式は採用できない。

六  次に、原告の本件各年分のガス配管業の算出所得金額につき、被告の主張(推計)を検討する。

1  原告主張のA方式により、実額で一般経費を推計することができないのは、前判示のとおりであり、乙一ないし九、一一ないし一九、三一、証人仲谷良嗣の証言及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

(一)  本件各年分につき、茨木、吹田、豊能、枚方、兵庫、西宮、伊丹、尼崎、及び柏原の各税務署管内に事業所を有するガス配管工事業を営む業者で、<1> 青色申告書により所得税の確定申告をしており、<2> 年間を通じてガス配管工事業のみを営んでおり、<3> その売上金額が一三五〇万円以上六九五〇万円未満であり、<4> 事業専従者が一名以下であり、<5> 本件各年分の所得税について不服申立てや訴訟が継続中でない者を抽出すると、別表三ないし五の同業者欄の一一名の同業者である。

(二)  右一一名の同業者の本件各年分の売上金額、売上原価及び一般経費、算出所得金額、算出所得率は、右各表のそれぞれの該当欄記載のとおりである。

2  右事実によれば、右の一一名の同業者は、その業種、業態、事業所の地域、売上規模において原告と類似する者で、いずれも青色申告書による申告をした者で、不服申立てや訴訟も継続していないのであるから、それぞれの所得率を算出した基になった数値は一応正確なものというべきである。また、右一一業者の各算出所得率をみると、平成元年分では一番高い者が豊能Bで三二・一一であり、一番低い者が尼崎Aで一三・三二であり、その平均値が二三・三六となり、平成二年分では一番高い者が柏原Aで三九・七二であり、一番低い者が伊丹Aで一六・四九であり、その平均値が二五・八五となり、平成三年分では一番高い者が豊能Bで三九・七七であり、一番低い者が茨木Aで一二・六八であり、その平均値は二三・八六となり、いずれの年分についてもその所得率が極端に異なると評価すべき業者も見当たらない。

そうすると、原告の本件各年分のガス配管工事業の一般経費は、各売上金額(実額)に対してそれぞれの年分の右一一の同業者の平均所得率を乗じる方法で、推計により算出するのが合理的であるというべきである。

3  原告は、被告の右の推計方法について、原告の事業はほとんどが供給管工事で、一部支管工事であるところ、右一一の同業者の中には、道路工事を行わない内管工事業者が多数含まれている筈であり、これらは原告とは業態が異なり、収入も全く異なると主張する。

しかし、甲一一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が主として行うという供給管工事の業者も、内管工事業者も、いずれも、本支管工事の業者ほどには人員の確保やユンボ等の機材の確保も要らないものと認められる。そして、本件証拠によっても、原告主張のように業態を更に区分して同業者の所得率を算出することはできないと考えられるから、被告主張の右の推計が合理的であるとの判断は、右の観点からも左右されないというべきである。

4  原告は、更に、人件費、車両・重機等の減価償却費は、ガス配管工事業の特別経費とすべきもので、被告の主張のようにこれを一般経費として推計するのは合理性を欠くと主張する。

しかし、甲一一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、ガス配管工事業においては、工事を受注して売上を伸ばすのに応じて人員や機材を確保する関係があると認められ、右の各経費は、一般的に、売上金額と相関関係がある程度ある経費と考えられる。したがって、これを特別経費とせずに、一般経費として、それを含めて算出所得率を算定した被告の前記推計は、この点からも不合理であるとはいえない。

5  なお、原告主張のB方式は、A方式と同様の実額を主張するものであるから、A方式と同様に採用できない。

6  以上のとおりであり、原告の本件各年分のガス配管工事業の所得を算出するに当たっては、A方式及びB方式による実額の主張は採用できず、本件全証拠上は、結局、被告主張の推計の方法のよらざるを得ない。そして、売上金額は、前判示のとおり、平成元年分が二七〇七万一七二三円、平成二年分が二七三一万四七三〇円であること、平成三年分が少なくとも三四六七万九九八一円であることは争いがないので、それぞれ右金額を基礎として、それぞれ前記一一の同業者の平均算出所得率を乗じて、算出所得金額を推計すると、平成元年分が六三二万三九五四円、平成二年分が七〇六万〇八五七円、平成三年分が八二七万四六四三円となる。

七  ガス配管工事業の特別経費について検討する。

1  地代家賃については、本件各年分について、少なくとも別表一の<4>記載の各金額があったことは、当事者間に争いがない。更に、甲一〇一の一ないし一二、甲一三三、甲二〇一の一ないし一二、甲三〇一の一ないし一二及び弁論の全趣旨によれば、原告が、本件各年分につき、ガス配管工事業のための車両の保管に要した駐車場の使用料金として、少なくとも平成元年分として四三万二〇〇〇円、平成二年分として一五万二四四〇円、平成三年分として一六万八〇〇〇円を支払ったことが認められる。しかし、原告がそれ以上を事業のための地代家賃として支払ったことは認めるに足りる証拠がない。

以上によれば、地代家賃の合計額は、平成元年分が四三万二〇〇〇円、平成二年分が五一万二四四〇円、平成三年分が五二万八〇〇〇円となる。

2  支払利息については、少なくとも別表一の<5>記載の各金額があることは当事者間に争いがなく、原告は、平成元年分と平成三年分につきそれ以上の額を主張するが、それらを認めるに足りる証拠はない。

3  原告は、更に、前記のとおり、人件費、車両・重機等の減価償却費を、特別経費として、算出所得金額から控除すべきであると主張するが、これらは、一般経費とすべきものであって、一般経費として算出所得金額の推計の過程の中に含まれているものと解されることは、前判示のとおりである。

八  以上によれば、原告の本件各年分のガス配管工事業の差引所得金額は、平成元年分が五七七万七四二二円、平成二年分が六三六万七一八〇円、平成三年分が七六〇万六六四四円となる。

九  次に、平成二年分及び平成三年分の喫茶・スナック業の売上金額、算出所得金額、人件費等について検討する。

1  まず、原告は、A方式によって、喫茶・スナック業の右各課税要件についても、その相当部分を実額で主張するが、それを裏付けるため原告から提出された各甲号証が採用できないことは、前判示のとおりである。

2(一)  次に、被告の主張は、一般経費のうちで酒類、コーヒー豆の仕入金額のみを実額で把握し、それから平成三年分につき、別表六の同業者のうちのCDFの仕入率を用いて売上金額を推計し、更に、売上金額から同業者CDFの所得率を用いて算出所得金額を推計し、更に、人件費も同業者CDFの比率により推計するものであり、平成二年分については、酒類、コーヒー豆の仕入金額(実額)を基に平成三年分の同業者比率をそのまま用いる方法で同様に推計するものである。これに対して、原告は、B方式として、平成三年分については、右のDを除いた同業者CFのみの比率を用いて被告と同様の推計をする方法、平成二年分については、一年のうちで三ヶ月間のみの営業であることを理由に平成三年分の算出所得金額に一二分の三を乗じて平成二年分の算出所得金額を推計する方がより合理的であると主張する。

(二)  原告の酒類、コーヒー豆の仕入金額は、平成二年分につき少なくとも八六万一五七七円、平成三年分につき少なくとも一六八万一五八九円あることは、当事者間に争いがなく、乙一〇、二〇ないし二七、三二、証人仲谷良嗣の証言及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

原告と同様に、平成三年に、大阪市茨木税務署管内で、同一の店舗で喫茶及びスナック業を営んでいる業者の中で、<1> 青色申告書により所得税の確定申告をしていること、<2> 喫茶・スナック業以外の事業を営んでいないこと、<3> 年間を通じて事業を営んでいること、<4> 売上金額が四五〇万円以上二〇〇〇万円未満であること、<5> 人件費の支払があること、<6> 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係続中でないこと、<7> 事業専従者がいないこと、の各条件を充たす者を抽出すると、別表六のAないしHまでの八業者である。そのうち、酒類、コーヒー豆の仕入金額が明らかであり、売上金額に対する仕入率を計算することができる業者は、C、D及びFの三業者のみであり、それぞれの売上金額、売上原価、酒類・コーヒー豆の仕入金額、一般経費、算出所得金額、給与賃金の額、酒類、コーヒー豆の仕入率、算出所得率、人件費率は、同表の<1>ないし<9>のとおりである。

(三)  右認定事実によると、平成三年分において、右の八名の同業者は、その業種、業態、事業所の地域、売上規模において原告と類似するもので、いずれも青色申告書により申告した者で、不服申立てや訴訟も継続していないのであるから、別表六の<1>ないし<9>の各数値は一応正確なものというべきである。また、酒類、コーヒー豆の仕入率は、CDFの三業者しか明らかにならないのであり、Cが一一・一四パーセント、Dが九・〇二パーセント、Fが一三・一二パーセントである(別表六の<7>)。右各同業者の間に大きな差はみられないから、右の仕入率の平均値により、原告の売上金額を推計すること及び右三名の同業者の所得率の平均値から算出所得金額を、人件費率の平均値から人件費を推計するのは、いずれも、合理的であると認められ、原告主張のB方式のように特にDを排除した推計によるよりも、基準となる数値を類似する同業者の中でより広く求めたものとして、より合理的であると考えられる。

CDFの同業者のうちDを除いてC、Fのみの平均値による方がより合理的であるとする原告の主張は採用できない。

3  また、平成二年分については、原告は同年一〇月から開業したもので、同様の条件の同業者を被告において抽出できなかったというのであるから、平成二年分の酒類、コーヒー豆の仕入金額について、当事者間に争いがない範囲内の八六万一五七七円を基に、平成三年分の右のCDFの仕入率、算出所得率、人件費率を用いて、それぞれ売上金額、算出所得金額及び人件費を推計することも、合理的であるといわざるを得ない。

4  原告は、喫茶とスナックではその所得率に顕著な違いがあり、その原料となる酒類とコーヒー豆ではその原価率にも大きな差異が存するから、これを区別しない被告主張の推計には合理性がないと主張する。しかし、喫茶業及びスナック業においては、経費のうち材料仕入費用、什器・備品の減価償却費、地代家賃等が占める割合が高いと考えられるところ、原告のように同一の店舗で喫茶業及びスナック業を兼業する者は、材料、什器・備品、地代家賃等に関する経費を両業種に共通にすることによって軽減することが可能であり、喫茶業及びスナック業をそれぞれ単独で営む者とは業態を異にするというべきである。したがって、喫茶業とスナック業を同一店舗で兼業する同業者の方が、それぞれ単独で営業している者より、原告との類似性は高いと考えられる。原告の右主張は理由がない。

5  原告は、更に、B方式として、平成二年分の算出所得金額については、平成三年分の推計に基づく金額に一二分の三を乗じた金額であるとする方が合理的であると主張する。しかし、喫茶・スナック業の算出所得金額は、一年中大差のない金額であるとは限らないというべきであり、前判示のとおり、平成二年分の酒類・コーヒー豆の仕入金額については、少なくとも八六万一五七七円あったことは争いがなく、この金額を基に同業者の比率によって推計する方がより合理的というべきである。

6  被告主張の方法に基づく計算によって得られる仕入率、算出所得率及び人件費率は、別表六のとおり、それぞれ一一・〇九パーセント、四五・五四パーセント及び一五・一〇パーセントである。そして、平成二年分の売上金額、算出所得金額及び人件費の額を算出すると、別表一の同年分の<9><13><17>のとおりであり、平成三年分の右各金額は、それぞれ一五一六万三一一一円、六九〇万五二八〇円、二二八万九六三〇円となる。

一〇  喫茶・スナック業の特別経費について検討する。

1  地代家賃については、甲四一八の四によれば、平成二年分が三九万九〇〇〇円であることが認められ、平成三年分が一八七万二〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

原告が主張する平成二年分の駐車場料金の支払については、これを認めるに足りる証拠がない。

2  繰延資産償却費については、原告の店舗に係る保証金のいわゆる敷引き部分の償却費が、平成二年分が少なくとも六万円、平成三年分が二四万円であることは当事者間に争いがない。原告は、平成二年度に支出した内装工事費用やイス等の備品の購入費用ないしこれに関する償却費も特別経費として控除すべきであると主張するが、これらは、喫茶・スナック業の売上との相関関係が高い経費であると考えられるから、一般経費として計上すべきであり、原告の主張は採用できない。

3  原告は、平成三年一二月に喫茶・スナック業を廃業したことにより、固定資産除却損が発生したので、これを特別経費として計上するべきであると主張し、その内容として、建物内装工事の期末簿価五八万五七五〇円、イスセットの期末簿価二五万八二八五円、保証金の敷引き分の未償却残高九〇万円の合計一七四万四〇三五円を挙げる。

甲二ないし四、甲一二、甲一六ないし一八、甲四一五の一三、甲五二一の一五、甲五二八の二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成二年の開業前に店舗の内装工事のために六六万円を支出し、店舗で使用するイス、ボトルケースを合計二七万九〇〇〇円で購入したこと、平成三年の廃業までに家主に対し、二〇年以内に賃貸借契約を解約したときは二八〇万円の返戻を受ける約束で保証金として四〇〇万円を交付したこと、原告が遅くとも平成三年一二月末日までに喫茶・スナック業を廃業し、店舗を家主に明け渡したこと、右の明渡時点での期末簿価は、建物内装工事の費用が五八万五七五〇円、イス、ボトルケースの費用が二五万八二八五円、保証金の敷引き分の未償却残高が九〇万円であること、以上が認められる。

そして、賃借建物で喫茶・スナック業を営業していた者が廃業すれば、原則として、その時点で、当該店舗の内装費用、店舗で使用するイス等の備品の購入費用及び保証金の敷引き部分の未償却残高について、いずれも取壊し、除却、滅失、その他の事由による損失が生じたものとして、これを必要経費に算入すべきであると解されるから(法五一条一項)、原告が平成三年一二月に喫茶・スナック業を廃業した時点で、固定資産除却損が発生したものとして、右の期末簿価及び未償却残高の合計一七四万四〇三五円を同年分の特別経費に算入すべきである。

イスセット(イス一〇脚及び上下組のボトルケース一セット)については、たしかに、その取得価格はイス、ボトルケースそれぞれについては、単価二〇万円未満であるが、何をもって「一単位」とみるかは社会通念によって判断すべきところ、喫茶・スナック業においては通常ある程度のまとまった数量のイス及びボトルケース等が備品として必要となることは当然のことであり、原告の取得した一揃いのイスセットを「一単位」の減価償却資産として考えることが所得税基本通達四九―三九の趣旨に反するとはいえない。

一一  以上によれば、原告の平成二年及び平成三年分の喫茶・スナック業の算出所得金額から人件費及び特別経費を控除した差引所得金額は、平成二年分が一九〇万五八六九円、平成三年分が七五万九六一五円となる。

一二  まとめ

1  ガス配管工事業及び喫茶・スナック業の差引所得金額を合計すると、平成元年分が五七七万七四二二円、平成二年分が八二七万三〇四九円、平成三年分が八三六万六二五九円である。

2  ガス配管工事業についての事業専従者控除額が、平成元年及び同二年分がそれぞれ八〇万円であることは当事者間に争いがない。なお、平成三年分については、原告は妻について配偶者控除を選択し、確定申告していることから、事業専従者控除額を適用することはできない(所得税法二条一項三三号、八三条(平成六年法律一〇九号による改正前のもの))。

3  1で求めた所得金額から平成元年分及び同二年分について、前項の事業専従者控除額を控除して事業所得の金額を求めると、平成元年分が四九七万七四二二円、平成二年分が七四七万三〇四九円となる。

一三  以上のとおりであり、本件各処分は、本件各年分につき、いずれも原告の事業所得金額の範囲内でされたもので適法である。

よって、本件訴えのうち、原告の確定申告額を超えない部分の取消しを求める部分は不適法であるから却下し、その余の請求はいずれも棄却することとする。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 平野哲郎 裁判官 山田真依子)

別表

課税の経緯

<省略>

別表一

事業所得の金額の計算書

<省略>

別表二

売上金額明細表

<省略>

別表三

同業者一覧表(平成元年分)

<省略>

別表四

同業者一覧表(平成2年分)

<省略>

別表五

同業者一覧表(平成3年分)

<省略>

別表六

同業者一覧表(平成3年分)

<省略>

別表七

支払利息明細表

<省略>

別表八<1>

ガス配管土木工事業 減価償却費

平成元年度

<省略>

別表八<2>

平成2年度

<省略>

別表八<3>

平成3年度

<省略>

別表九<1>

喫茶スナック業減価償却費等

平成2年度

<省略>

別表九<2>

平成3年度

<省略>

別表一〇<1>

平成元年度(1989年度)

配管

<省略>

別表一〇<2>

平成2年度(1990年度)

配管+喫茶・スナック

<省略>

別表一〇<3>

平成3年度(1991年度)

配管+喫茶・スナック

<省略>

別表一一

カラオケ集計 平成2年

<省略>

カラオケ集計 平成3年

<省略>

<省略>

別表一二<1>

スナック喫茶集計

平成2年

<省略>

<省略>

平成3年

<省略>

<省略>

別表一二<2> 別表一二<1>の項目の説明

<省略>

別表一三<1>

平成元年度(1989年度)

配管

<省略>

別表一三<2>

平成2年度(1990年度)

配管+喫茶・スナック

<省略>

別表一三<3>

平成3年度(1991年度)

配管+喫茶・スナック

<省略>

別表一四

<省略>

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